気楽な努力

あれっ?はてなダイアリーの記事作成画面が変わった。っと、それはおいといて…。

私は努力家ではない。昔、誰だったか友達が私のことを努力の人だと評していて、それは違うと思いつつも、そうなのかも、なんてちょっと思ったりもしていた。でもやっぱり違ったわ〜、と、今、フォトスタイリングの修行をしながら感じている。
私は基本的に、勉学においては(理解が早く一度読んだら覚える方なので)要領が良くて、仕事においては時々おりてくるヒラメキに助けられつつ、これも要領でこなしている。実働時間は短い。そして、こつこつとした努力や長時間の忍耐が要求されることにおいては、たいがい壁にぶち当たって心折れてしまうのだ。ピアノしかり、育児・家事しかり*1
フォトスタイリングにおいては、他のアドバンスクラスの人と同等のレベルに全然達していなくて、うーん、普通だったらそろそろ「身のほどをわきまえて、やめま〜す」って言ってしまいそうなのが、現状である。先月は課題を提出したが結局添削してもらうまでに至らなかった(なんというか、いわゆる門前払い状態で2回却下されたので、そこで心折れた)。
しかし、窪田千紘先生は努力について最近このように記している(直近の授業でも同様の言及があった)。

『パーフェクトを求めずに努力し続ける』


ここのところ、色々な方の作品作りをサポートして感じるのですが、


やり続ければかならず
どの方も必ずどこかで「ブレイクスルー」が訪れます。


ブレイクスルー


つまり、大きく花開いて、
その人のオリジナリティーや能力が
発揮される瞬間です。


人によって、すぐそれがやってくる人もいれば、
1年はたまたそれ以上かかる人もいます。


途中、その瞬間が待ちきれなく、
気持ちがなえてしまう人もいますが、


とにかく、やり続ければ、
かならずどこかで、花開く瞬間が
来るように思います。


これまで、
特別な訓練を積んだわけではない普通の主婦、OLさんたちが
その自分の才能に気がつく瞬間を目の当たりにしてきて、
つくづくそんな風に思います。


ただ一つだけ言えるのは
とにかく「やり続ける」大切さです。


べつな言い方をすれば、
常に自分にパーファクトを求めない、
気楽さでともいいます。


「こんなはずではない」
「私は完璧なはずなのに、できない自分が・・汗」
そう思わず、


とにかく、「できる自分」も「できない自分」も
ぜ〜んぶ抱きとめて
もっと先の理想像を見つめながら、
気楽に、一生懸命努力する・・・


それが大切なような気がします。

数ある中で窪田千紘先生のスタイリング講座に通うことになったのは、きっと、この要素をおぎなってみよ、っていうことなんだろうと思う。
そもそも「モノづくり」や「ゼロから創り出す」ことが苦手な私。周りはクリエイティヴな人ばかりで、なぜここにいるんだろう、と真剣に悩んだりもした。相方からも「才能ないんちゃう?」なんて言われたりして。
でも、今までに『継続的で気楽な努力をした結果、それなりに身についていること』が一つだけある。コーラスだ。これだけは、中高生からボイスフィールドを経ての積み重ねが功を奏して、どこのアマチュア合唱団に行ってもsurviveしていけるだろうという自信がある。歌の面でも運営の面でも。本人には努力をしているという自覚はあまりなく、楽しんでいただけなのだが、振り返ってみると、結構労力を要したであろう時期がいくつかある*2
だから、フォトスタイリングにおいても、いまのところ一向にやってこない「ブレイクスルー」を、信じて待ち望みながら、先生の勧めにしたがって、「気楽に」進んでいくことにしようと思う。先生にとっては相当なお荷物となってしまうかもしれないが、ひょっとすると、「なかなかブレイクスルーのやってこない生徒」のお手本にはなれるかもしれない。

*1:育児においては壁にぶち当たっても子どもは育つが、鬱に入ってしまった時点で心折れたと言わざるを得ない

*2:そのかわり大きなブレイクスルーの覚えもない