水との再話

昔、子どもが小さかった頃、こんなことを書いたことがある。(2001年5月15日、子ども約2才の頃の日記)

実は今日は双子サークルに行ってきた。リトミックの先生を呼んでいて、まぁ楽しく過ごしたのだが、終わりにある写真集を見せられた。水を一定の条件で凍らせると、雪の結晶のような6角形の結晶ができるらしいのだが、水に音楽を聴かせたり、言葉を書いた紙を容器に貼りつけておいたりしてから凍らせると、結晶の形が違ってくるというのだ。たとえば、ベートーベンの名曲を聴かせると、美しい結晶になり、あるヘヴィメタの音楽を聴かせると、結晶がこなごなになってしまうという。「ありがとう」と「ばかやろう」、「○○しようね」と「○○しなさい」でも同じように対照的なものになるという。そのリトミックの先生は、「人間の体は70%が水でできている。その水に、言葉がこんなに影響を与えるのだ。わたしは子育て中、仕事などで忙しすぎて、子供に優しい言葉をかけてこなかった。この本を見て、しまった、と背筋が寒くなった。どうかみなさんは、お子さん達に優しい言葉をかけてあげてください。」と言った。
なんだかわたしは違う意味で背筋が寒くなってしまって...。ああ、またここにも「自分の後悔から、世の迷える母親に『聖母のような母親像』を押し付ける人」がいる...と。それもこんな脅迫的なビジュアル付きで。(かなり被害妄想はいってます>自分)

この写真集とは、今では公立小学校でも先生が副教材に使うという「水からの伝言」「水は答えを知っている」のこと。結局その日記を書いた次の日私は、子育て支援センター宛に、「行政がからんでるサークルの講師が、新興宗教がらみの団体が出している本を引き合いに出して、しかも参加者の母親を不安にさせていいのか」と手紙を送った。後日、講師の先生から、謝罪のお手紙をいただいた記憶がある。
でも当時、ほんとうに、相当強い反感を抱いたのだ。自分が後悔したからって押しつけないでよ、私だって育児でテンパってて、子ども達にひどい言葉かけてて、日々罪悪感を背負いながら生きてるのに…って。
かなりテンパっていたのが(本人ながら)うかがえる。

ところで、窪田千紘さんのこの本でも、「水は答えを知っている」の内容が一部引用されている。

思いどおりの人生に変わる方法―幸運が舞いおりる万能ルール27

思いどおりの人生に変わる方法―幸運が舞いおりる万能ルール27

え〜、窪田さんも水の結晶?と思ってその部分は半眼で読み飛ばしていたのだけど…昨晩よく見てみると、引用の仕方が違う。

水の結晶をご存じですか?
よい音楽を聞かせたり、キレイな言葉を見せた水を写真に撮ると、美しい結晶写真になるという話です。
10年ほど前から話題になり、時々、テレビでも取り上げられています。


人間の体は、約7割以上が水だといわれています。
素敵な音楽、キレイな言葉と同じように、よい波動をもつ美しいものたちをまわりに置けば、体内の水がそれに自然に反応して、よい影響を及ぼしてくれます。

決して、ばかやろうが結晶を粉々にする、という話ではない。よい言葉、美しい音楽、ひいては美しい環境が、人間に与えてくれる(かもしれない)「プラスの面」だけを取り上げているのだ。
そうか、そう読めばいいんだ…!!目からうろこが落ちた。
ものにはそれぞれ目に見えないエネルギーがある、ということには賛成する。(波動という言葉を使ってしまうとなんかちょっと違うような気がするのだけれど。)整った環境に流れる空気の良さを感じることもある。いつも通っているカウンセリングルームは、待合室が広くて整っていて、落ち着いた色のソファやコンパクトオーディオやグリーンが配置してあり、おしゃれすぎないインテリア雑誌などがあって、きちんと片付いたリビングルームのようでとても居心地が良い。(今度行った時に許可を得て写真撮影してこよう。)8年前には考えられなかったことだけれど、今なら無理のない範囲で環境を整えていくことは出来るかもしれない。言葉は…すっかり「男の子らを叱りとばすおかあちゃん」になってしまったけれど…これも整えていけるかな。