あとはお任せ

昨日10日が入学式でした。雨の中で、ほとんど写真も撮れず。
1年1組と2組に分かれて、あたふた混乱しているのは親のほう。
書類を書きながら「しまった、組まちがえた!」「これどっちのだっけ」。

今日11日からは、ウチの玄関を出たところでバイバイ。70mほど向こうの公園で登校班の待ち合わせに合流して、学校へ向かっていった。
保育園まで送り届けていたことを思うと、楽なのだが、なんとあっけないことか。
そして、こんなことを考えた。

守りたいものは、いつまでも手元にある(いる)とは限らない。自分の手の届かない、力の及ばないところへ、いつかは行ってしまう。
そんな時、わたしにできることは、「『どうかわたしの大切なものをお守り下さい』と、神に祈ること」しかないのだろう。

宗教は人を救うもの、人の心から恐怖や心配を取り除くためのものだとしたら、神に「よろしくお願いします」と心から祈って、「神さまにお願いしちゃったから、あとはもう、心配するのやめよーっと」という『神頼み』は、信仰というものの意外と正しいあり方ではないだろうか。
もちろん、その場合の「よろしく」は、自分に都合がいいことじゃなく、あくまで、「神のみこころのままに」。神はもっともその時にかなった美しいことをしてくださるものだと、信じてこそ、そのように言えるだろう。

みこころのままになりますように。あとはお任せします。そして、わたしが次になすべきことを、示してください。